◎放射線で遺伝子を破壊して細菌や虫を殺し、発芽を抑制

 

放射線(エックス線、ガンマ線、電子線、重イオンビームなど)の強いエネルギーは、たんぱく質を壊し、たんぱく質でできている組織を破壊します。生物の設計図である遺伝子はたんぱく質でできていますので、食品に放射線を当てることで食品についた細菌や虫の遺伝子を破壊して殺すことや、作物の発芽細胞の遺伝子を損傷して芽が出るのを抑えることができるのです。

日本では殺菌目的で食品に放射線を照射することは認められていません。前述のように食品に放射線照射が認められているのはジャガイモ(馬鈴薯=バレイショ)の発芽抑制のためのみです。ジャガイモは保存中に芽が出ると商品価値がなくなります。発芽を抑えるために低温倉庫で長期保存しますが費用がかかりすぎます。また、低温保存では糖分の増加(デンプンの糖化が進むため)、出荷後の発芽などの問題がありました。

そこで、ジャガイモに放射線を照射して発芽細胞の遺伝子を損傷すると発芽を抑制でき、室温での長期間保存が可能となったことから、1972年(昭和45年)にジャガイモの発芽を抑制(芽止め)する目的でのみ、コバルト60を源線とするガンマ線(吸収線量150グレイ以内)を一度だけ照射することが食品衛生法で認められ、1974年から放射線照射施設のある北海道・士幌町農協(JA士幌町)で実用化されました。

ガンマ線を照射したジャガイモの容器・包装には、「ガンマ線照射済」の表示が義務づけられていますが、スーパーなどで箱から出されて小分けバラ売りされる場合や、総菜、レストランなどのメニューの一部、加工食品原料として使われる場合には表示義務がありませんので、消費者には放射線照射食品であることがわかりません。

放射線を照射され保存されたジャガイモ(バレイショ)は、国内産バレイショの端境期(3月下旬~5月初旬)に出荷されています。ピーク時には年間およそ2万トンが出荷されましたが、近年では表示の強化や消費者の放射線照射に対する拒否反応の影響もあって需要が減少し、年間およそ5000トン程度が出荷されているようです。

◎放射線照射の安全性

 

放射線の強いエネルギーはたんぱく質を壊すだけでなく、他の栄養成分を破壊したり、成分を変質させて毒性(発がん性や遺伝毒性など)を持つ放射性分解生成物やフリーラジカル(活性酸素など)をつくりだしたりするとされています。

また、放射性分解生成物には未知の化学物質もあるともいわれます。放射線照射食品を食べさせたラットの動物実験で、体重の減少、生殖器官の異常、死亡率の増加、生まれてくる子どもの奇形などがみられたとの報告もあり、安全性が確認されたとはいえません。日本では、ジャガイモに続き、米、麦、タマネギ、ミカンなどでも放射線照射の認可が検討されてきましたが、こうした実験報告や消費者の放射線照射に対する拒否反応の多さから見送られています。

食品への放射線照射は、世界ではフランス、オランダ、フィンランド、デンマーク、イスラエル、ノルウェー、アメリカ、アルゼンチン、フィリピン、中国、タイなど約60か国で行われているといわれ、30か国を超える国で実用化されています。放射線照射食品には、ジャガイモ、タマネギ、ニンニク、コメ、コムギ、スパイス(香辛料)、鶏肉、豚肉、牛肉、ソウセージ、冷凍魚介類、冷凍エビ、乾燥野菜などがあります。これらの放射線照射食品が違法に輸入され、販売されるという事件も起きています。

食品に放射線を照射すると色調が変化し、照射臭がするとされますが、放射線照射食品を消費者が外見から判断することは難しく、購入するときにはほとんど判別がつきません。輸入食品の放射線照射の有無を調べる検疫所の検査も十分に行われているとはいえないようです。現行の検疫所での検査は、検体である食品についた土(鉱物)を分析して照射の痕跡を見つけるという方法ですが、簡便で実用的な検査方法が開発されていないのが実情です。

放射線を照射された食品は、一見、照射前と同じように見えますが、中身の成分は放射線の強いエネルギーによって変質していると考えたほうがよいでしょう。また、細菌や虫を死滅させることができますが、照射量によっては生き残る菌が現れる可能性もあり、その菌が放射線に強い菌(耐性を持つ菌)に変化することも考えられます。

◎放射線で精子を不妊に

 

不妊虫放飼法とは、防除対象の虫の雄に放射線を照射することで放射線に弱い生殖細胞の遺伝子を損傷して精子を不妊化し、その雄を野外に放って野生の雌と交尾させることにで、野生雌が受精した卵が発育・孵化できないようにして子孫が増えるのを抑制するという方法です。その地域に棲息している野生の雄の数以上に不妊化した雄を繰り返し放ち続けて野生の雌に受精させることで卵をどんどん発育・孵化できないようにし、最終的にその虫を根絶させるというわけです。

かつて世界的に大発生したチチュウカイミバエ対策にも、放射線(ガンマ線)を照射した不妊雄が使われています。日本でも小笠原諸島のミカンコバエ、久米島のウリミバエなどにこの不妊虫放飼法が導入され、これらの虫が根絶したとされています。

不妊虫放飼法は「農薬を使用しないので環境汚染がなく、虫が薬物抵抗性を持たない」「すでに存在する種を放すので野生生物群集の攪乱を起こさない」「同じ種の虫の繁殖にかかわる構造を壊すだけなので他の種への影響は少ない」などといわれていますが、放射線を照射された虫の遺伝子が、生殖にかかわる部分の変異だけでなく他の部分の変異を起こして予期しない形質を獲得することや放射線耐性を持つことも考えられており、そうなると生態系に影響を及ぼすリスクも生まれてきます。

また、他に有効な防除手段がなかったとしても、「一つの種の遺伝子を人為的に操作して不妊化・根絶するという生物本来の生理や進化を無視した行為が持続的可能な環境保全に適うのか?」という疑問の声もあります。

◎酒、味噌、醤油などの醸造菌にも使われている

 

食品原料となる作物、酒、味噌、醤油などの発酵食品の製造に使われる微生物(麹菌や酵母など)の育種(品種改良・新種開発)には放射線照射を禁止する規定がなく、表示の義務もありません。1920年代に、ショウジョウバエやトウモロコシなどにエックス線を照射すると突然変異の確率が高まり、それまでとは違う形質を持つ新種ができることが発見されました。以来、品種改良・新種開発に放射線が利用されてきました。日本でも、イネをはじめ麦、大豆、トマト、レタス、モモ、ナシ、キノコなどの作物やキク、ベゴニア、サツキ、バラ、トルコギキョウなどの花類、日本酒や焼酎、味噌、醤油などの製造に使われる麹菌や酵母の多くが、放射線照射による突然変異でこれまでにない形質を持つ新種としてつくりだされています。

もともと品種改良・新種開発は、自然の中の微量放射線や紫外線の作用、遺伝子の複製ミスなどによって偶然に生まれた突然変異種を長い時間かけて見つけ出したり、選抜を繰り返すなどして適用させてきたものですが、放射線を利用することで突然変異を飛躍的に加速させ、その時間と手間を省くことができます。人為的に引き起こされた突然変異による作物の新種は、世界では2500種を超え、その70%以上がガンマ線照射によるとされています。日本でも320種(2003年)を超えており、その72%にガンマ線が使われています。放射線による突然変異品種はイネが最も多く140を超えており、大豆、麦も増えています。

放射線照射による突然変異種のイネ(うるち米)では、倒れにくく多収量を目的としたレイメイ、ムツホナミ、アキヒカリ、キヌヒカリ、はえぬき、ゆめあかりなどの品種、酒米(醸造用)として大粒でデンプン質が多い美山錦、雄山錦、誉れ冨士などの品種があります。また、低アミロース米、巨大胚芽米、低たんぱく米、低アレルゲン米などの機能性に特化した形質を持つイネも開発されています。

放射線照射以外に、人為的に突然変異を誘発させる方法として、種子をエチルメタンサルホネート、N-メチル-N-ニトロ-N-ニトロソグアニジン、亜硝酸、アクリジン系色素などの化学薬剤(変異剤溶液)に懸濁させる(コロイド状にする)化学的育種法がありますが、これらの変異剤は遺伝子疾患、眼や皮膚の重篤な薬傷・損傷、アレルギー性皮膚炎などを引き起こすおそれや発ガンのおそれのある物質として知られています。 

麹菌は穀物に自然に生えてくるカビの一種で、自分が生きるために菌糸を伸ばし、酵素を出して穀物に含まれるたんぱく質やデンプン(炭水化物)などを消化(分解)して栄養素を吸収しています。その性質を人間が利用して発酵食品などをつくってきました。昔は麹菌が繁殖しやすい場所に穀物を置き、自然に麹菌がつくのを待って麹をつくりました。

そのうちに、偶然にできのよかった麹を選んで保存し、次の種とする方法が考えだされました。江戸時代には種づくりを専門にする種菌屋も現れ、近代では突然変異株の分離や選抜、交配などの方法で品種改良が行われるようになりました。1950年代前半には黒麹菌、黄麹菌へのガンマ線照射によって白色変異株(白麹菌)をつくりだすことに成功しています。

この頃までは、酒蔵、味噌蔵では麹菌の自家採取・培養も珍しくありませんでしたが、しだいに時代に合わせた新しい風味や経済効率が求められ、味、香り、口当たりのよさを生み出す菌、デンプンやたんぱく質の分解能力の高い菌、クエン酸生成量、アルコール生成量が多い菌などを使った生産が行われるようになり、現在ではほぼすべての酒造・味噌製造会社が種菌専門メーカーから麹菌、酵母、乳酸菌などの発酵微生物(発酵醸造菌)を購入して使っています。

その菌の多くがガンマ線や重イオンビームなどの放射線によって遺伝子操作された突然変異種から分離培養されたものです。放射線照射による遺伝子の突然変異でつくりだされた新種微生物は、遺伝子組み換えとはみなされていませんが、遺伝子組み換えと同様に現在の科学や知識では予期できない形質がつくりだされる可能性があり、人間の健康への影響とともに外部に放出された際には、生態系など環境に及ぼす影響が懸念されます。